一度はじめてしまったからには決着をつけなければならないため第四回です。今回はPC2(ヒムロアキト)のオープニングフェイズを。

日曜日・・・厳しい練習のあとアキト達、野球部員はカラオケに来ていた・
この街で唯一といっていい娯楽施設である、他の部屋もいっぱいなため、6人部屋に11人が押し込められている。
『俺にもマイクよこせっつってんだろう!』
アキトは叫んだ、キャプテンの北園浩一がもう7曲連続で歌いっぱなしなのである。しかもうまくない、ドラえもんのジャイアンを彷彿させる下手くそな歌だ。
『美咲ちゃんはうまいのに先輩は下手っすよね、同じ兄妹でこうも違うもんすかねぇ?』・・・同感である、去年アメリカ留学から帰ってきた彼の妹の美咲は芸能プロダクションから誘いが来るほどの才能の持ち主だ、もっとも本人は
『聞いてもらうのはうれしいけど人に見られるのはちょっと・・・』
という感じで一向に応じる気配がない、目立ちたがり屋の浩一とはその辺も対照的だ。
ピアノソロのイントロが流れた、森山直太郎の「さくら独唱」、B’zとスピッツしか歌わない浩一にしては珍しい選曲だ。浩一がチラリとマネージャーの木下玲子を見た、玲子が意味ありげな微笑みを返す。お互いにしかわからない感情がそこに流れている。
『こいつらなんかあったな・・・』アキトは思った
恋愛か・・・アキトはうらやましく思う、玲子とそういう関係になりたいということではない、自分が人間の女の子にそういう感情を抱いたとき、その気持ちをそのまま素直に伝えられない事情がアキトにはある。『彼氏が化け物なんてしゃれになんねぇ』そう思っている。悔しいがこのことはあきらめるしかないな・・・
その考えが表情に出ているのだろう後輩達がざわついた
『やっぱヒムロ先輩も木下さん狙ってたんすか?』後輩の一平が屈託なくたずねる。
『バカ、俺の理想はもっとたけぇよ』アキトは笑って答えた、無理をしている。というのが自分にもわかった。

コツコツとドアをたたく音が聞こえる、小さな窓から女の子がのぞいている、美咲だ。
『あれ?どうしたの』アキトが立ち上がってドアを少しあける。
『お菓子を作ったから兄ちゃんに持って行こうと思って…部屋にいないからもしかしたらここかなって、来てみた。』
桜の花びらの形のクッキーだ、東京のデパ地下とやらでみたものとそっくりのそれがいくつも箱の中にあった。のんびりした雰囲気にそぐわずこの娘は手先が器用だな、と思った。そういえばこの間壊れたアキトの携帯をいろいろいじって直してしまったのも彼女だ。
『とりあえず入んなよ、どうせ店長のバンさん人数数えてねぇから』
田舎のカラオケ屋の会計はどんぶり勘定だ。
『???なんの歌ですか???』入るなり美咲が顔をしかめる。
『さくら独唱。森山直太郎、知らない?』
『あーラジオでこの間やってたアレかー』
『そっか一昨年の歌だっけな、美咲ちゃんはアメリカにいたね、こういうのは嫌い?』
『結構いい歌だと思うけど…兄ちゃんが歌うとどの歌もマリリン・マンソンに聞こえるね』美咲は笑った。アキトにはマリリン・なんとかがよくわらからない、マトリックスに歌を提供してたあの変なヤツか?という程度だ、どのみち褒めている訳ではなさそうだ。

『おう!美咲お前もなんか歌え!長渕歌え!長淵!!』
浩一はご機嫌だった、北園兄妹は仲が良い。それもそうだろう12年も会っていなかったのだから。
『ぇーいいよ、この歌で』美咲は【歌いなおし】ボタンを押した

僕らはきっと待ってる、君とまた会える日々を〜
美咲は歌いだした、カラオケボックスが品のいいコンサート会場のような雰囲気に包まれた、部屋にいるだけもが驚いている、歌がうまいのは知っているがこれほどとは、そういう感じだ。
アキトの驚きはそれとは少し違う、まるで聞いたこともない、名前も知らなかったような曲をこうまでうまく歌えるものなのだろうか?普通の人間ではまずありえないだろう、彼女はこの歌を一度も聴き通した事がないのだ。それが天才といってしまえばそれまでだが。
『楽しいよな。』浩一がアキトの横に座った。
『お前はな』少しいやみっぽく応じる。
『そういうことじゃなくてさ、美咲がいて、あいつがいてみんながいて、なんかこういうのは良いよな』浩一が少し真剣な顔で言う。
意外と寂しがりやな人間なのだ、自分が一人でないことがうれしい
それはアキトも同じだった。
『そうだな、これからもずっとそうさ。』そう答えた。
『…そうだと、良いんだけどな。なぁアキト、俺になんかあったら美咲を頼むぜ。』
唐突に何を言い出すのかと思った、まるでもうすぐ自分がいなくなるような口ぶりではないか。
『なにかあるのか?』
『いや言ってみたかっただけ』そういって浩一はいたずらっぽくわかった、アキトはこいつのこういう部分が気に入っている。
『それより夏の大会だ、まだ先だけど。勝てるといいな』
『良いなじゃねぇよ、勝つの、俺達に負けはにあわねぇ』
そういって二人は笑った。

…次の日、浩一がいなくなった…(つづく)

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